プロローグ
「マリー、今日も良い天気だよ。」
初老の男が慈しむような、憂うような表情で座る人形の髪をなでた。
不思議なことにその人形は、まるで生きているかの様に脈打っていた。
「朝食の準備が出来たよ。お前の好きなくるみのパンと半熟の目玉焼きだ。」
眠るように目を閉じた人形を見つめながら、眠っている子供に囁きかけるように呟く。
「なのに何故お前は目覚めないのだろうな、マリー・・・?」
ジィルの顔には悲しみしか浮かんでいない。
「・・・少し休むよ。お休みマリー・・・。」
そういい残して人形のもとを離れると背もたれの大きく簡素な椅子に腰掛けた。
「ふぅ・・・」
背もたれに体を預けると、ジィルはまどろみの中へと沈んでいった。
毎夜繰り返される悪夢。
所属していた研究機関に最愛の娘を奪われ、切り刻まれ、利用された憎しみ。
そして、それを知らされずに自ら非道な実験の材料にしていた事への悔恨。
その暗く濁った激しい感情が、ジィルが安息に浸ることを拒絶する。
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バババッ!バダ・・・ガダン!
連続した炸裂音と破壊音に、ジィルは浅い眠りから引き戻された。
目の前の扉が破壊され、数人の武装した兵士たちがなだれ込む。
5秒と置かずジィルは完全に包囲され、気づくと目の前に3人の影が立っていた。
「我々から強奪したサンプルをお返しいただけますかな?」
「ふざけるな!娘を奪ったのは貴様らのほうだろ!」
激しい抵抗虚しく、ジィルは連れ去られて行く・・・
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荒らされ、誰も居なくなった部屋に再び静寂が戻る───
開け放された窓から薄く差し込む朝日が、 古いテーブルに置かれた無表情の人形を照らした。
─── そして、僅かに呼吸を始める。
カタ・・・
continued in the "Doll's Ingram"